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「男の見た夢」〜第5章〜

(ショートショートストーリー 作:森 綾香)

また、例の夢だ。夢の中での翔太・・・男は無敵だった、仕事もバリバリこなし、別荘に豪邸を持ち、美しい妻に、魅惑の愛人たち、金は湯水のごとくあふれかえり、体は健康で、肉体美に満ちていた。その横顔は精悍でイキイキしているのだ。

しかし、そんなこの世の栄華を実現した男にも、たった一つだけ悩みがあった。ここは、とあるカウンセリングルーム・・・

男は小さな診察室で、カウンセラーと2人きりで向き直っている。威厳ある医師の前となると、誰しも肝ったまがちぢこまってしまうものなのだろうか?男の背中はいつになく頼りない。男はやがて、ぽつぽつと語り始めた。

「先生、僕は仕事もバリバリできるし、趣味にも恋にも恵まれているし、お金にも困ったこともないし、本当に充実した毎日を送っているわけですよ。本当にこんなことを言うと、ホント甚だ図々しいかもしれませんが、人生に何一つ不満はないんです。僕ほど充実した人生を送っている人間はいないんじゃないかってくらいです。」

「ふぅむ、まぁ、そうでしょうね。」
カウンセラーはこの手の相談には慣れているのか、一見すると、とんでもない自慢話に聞こえかねない、男の話に眉ひとつ動かさず、微笑んでいる。

「・・・だけど、あなたが僕のところに来たからには、そんな幸せな日々の中に、やはり何らかの不満があると?」

「っ!」

カウンセラーの言葉に、男は一瞬虚を突かれ、以前にもまして、曇りがちな表情となった。言葉は続く。

「はい・・・ただ、その僕の人生の中で一つだけ。たった一つだけ、充実出来てない箇所があるわけです。わかりますか?先生。」

カウンセラーは両手を組み、やや身を乗り出して、話を聞く体制に入る。
「いや・・・何でしょう?」

「それは僕の夢なんです。」

「っは!はははっ!」
カウンセラーは男の意外な答えに、思わず笑い飛ばしてしまう。眉をしかめる男。何とか表情を取り戻し、カウンセラーは言葉を続ける。
「いや!失礼!カウンセラーとしてあるまじき行動をとってしまった。だけどね、そりゃあ、無理ですよ、篠山さん!夢ばかりはそもそも自分でなんとかできるもんじゃないからねぇ!いいじゃないですか、それはそれで。」

「そうもいきませんよ!」
カウンセラーの言葉にいきり立つ男。そんな男にカウンセラーは怪訝そうな顔をする。男はこぶしを震わせながら言葉を続けた。

「夢の中の僕ときたら、ただひたすら、惰眠をむさぼっているだけなんですよ!毎日毎日、働きもせず、ひたすら寝てるだけなんですよ!」
「ほぉ!それは面白い。」
興味深げな顔をし、ついホンネが出てしまうカウンセラー。男の声はややヒステリックになってくる。

「面白くもなんともないですよ!普通、夢といったら、実現できない、願望を実現したりする、楽しいもんじゃないですか?」
「まぁ、そうとばかりは言えないですけどね。」
カウンセラーが男の偏った思考を修正すべくか、ちょっとだけ茶々を入れる。しかし男は動じない。

「いいえ、そんなもんなんですよ!いや、百歩譲って、全部が全部、そうじゃないにしても、そんな貴重な夢の中で、ただひたすら惰眠をむさぼるなんて、あまりにも我慢なりません。」

「ふむぅ、それはもしかしたら、あなたの心のどこかに、もっと休みたいという気持ちがあるのかもしれませんね?」
もっともな答えだ。カウンセラーは何事にも動じないよう訓練をされている。しかし、男は切々と訴える。

「いいえ、悪夢ですよ。あんなにも、だらしなく寝ているだけだなんて。毎日毎日バカじゃあるまいし。こんなことじゃあ、僕は不眠症になってしまうかもしれない。とにかく我慢できないんです。」

大の大人にも関わらず、子供のように半泣きの状態で必死に苦痛を訴えてくる男を見て、カウンセラーも見方を変えたようだ。

「ふむぅ、それは困るな。不眠症になるのは問題だ。」
そうして、独り言のように言う。どうやら男の話を頭で反芻しているようだ。
「なるほど、なるほど・・・もっと充実した夢を見たいですか・・・まぁ、方法が絶対無いとも言えませんが・・・」

カウンセラーがぽろっとこぼした一筋の光に、男は食い下がる様に身を乗り出した。
「教えてください!ぜひ!僕は毎晩気持ちよく眠りたいんです!」
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2003/09/08-2003/09/10作成 by綾香