カフカの
変身を読んだ。普段はあまり読書をする機会もない私なのだが、丁度カゼをひき、寝込んでいた日、起き上がって用事をすることもままならないので、(ページ数も手ごろということもあり)ちょっと気晴らしに読んでみた。
で、感想。
カフカの
変身は実は子供の頃に一、二度読んだ記憶があるのだけれど、読んだつもりでいて、それでいて、実は何一つ身についておらず、完全に斜め読み、もしくは、飛ばし読みをしていただけのようだった。そのセイか、物語の内容に何一つ見覚えなく。ただ、冒頭の部分の「朝目覚めたら自分が巨大な蟲になっていた」と、その箇所だけしか記憶には残っていなかった。
我ながら、何をやっていたんだろう?と思いつつも、その実、新鮮な気持ちで
変身を読み進めることができ、非常に好都合ともいえた。
さてはて、本題に入りたいが、この物語のすごいところは、やはり、その描写力にあると思う。
カフカ自身が巨大な蟲になったことがあるわけでもなく、また身近に巨大な蟲になった知人がいるわけでもなく。小説はあくまでもフィクションとはいえ、ある程度は、自らの体験や、身近な出来事や、自らに沸いた感情に基づき記されるものが、実際には多いと思う。そこに脚色を加え、想像を加え、創造するのが作家の腕というものであろう。
しかし、この巨大な蟲になるという手元に何一つ資料のないであろう、このありえない設定を、かくもリアルに描写できるカフカとは一体何者であろうか?そう思わざる終えなかった。
この蟲に対する洞察力。そして、あまりにも的確な、そしてリアリティ溢れた周囲の反応。その多くは蟲となった主人公の家族の反応であるわけだが、(家族−ここでは、父、母、妹。)この3人の反応がまた、三者三様で非常に興味深かった。
じゃあ、この素晴しい名作を、映画化してみてはどうだろうか?といった考えが、一瞬脳裏をかすめるが。いや、それは止した方が良いだろうとしか言えない。このカフカの
変身をひとたび映像化すれば、実に安っぽい映画になることは請負であるからだ。皮肉にも映像化するとB級どころかC級映画にもなりかねぬ、チープさに仕上がってしまう危険性があるのである。
文字で描くことによってのみ、生まれ出るこのド迫力。鬼気迫る場面の数々。異常な世界観かつ異常なリアリズム。これらを体感するなら、やはり、カフカの
変身を文字で読むしかないだろう。
2005/11/05 by綾香