友情、遊び、ゆったりと過ごす時間。全てを排除し、勉強だけに傾倒することは、果たして本当によいことなのだろうか?子供時代には、もっと他に沢山学ぶべきこともあるのでは?といった、狭い範囲での疑問の投げかけとともに、
「神童も20過ぎれば唯の人」
そんな言葉が、フト私の脳裏を過ぎった。果たして才能を見出されることは、当人にとって幸せなのだろうか?周囲をさておき、華々しく輝くのは良いことなのだろうか?ヘッセの「
車輪の下」を読み、私はそうした疑問を感じた。
車輪の下の主人公ハンスは、飛びぬけて頭の良い子供だった。地元の学校での成績はいつもトップで、しかも一人だけ群を抜いている。けれど、ハンスの父親は平凡で、貧しく、まさにトンビがタカを産んだ感じだ。
そこを見いだされ、彼ならばきっと最難関の神学校に入学できると、周囲は信じて疑わなかった。(神学校へ進む道は、貧しいものたちが、勉強を続ける唯一の手段であった。)彼の小学生時代は、他の生徒とは異なり、常に特別扱いだった。
周囲の大人たちから期待され、見守られ、沢山の人々が彼の才能を伸ばすためにいそいそと働き、また、彼のご機嫌伺いをした。社会の担い手でもない、ただの非力な一子供が、ここまでその存在を尊重される、などということが果たしてあるのだろうか?けれど、大人たちは、しばしば学業を通し、ハンスをチヤホヤした。
(日本で言うところの、東大を目指す高校生とスライドさせれば、その状況が分かって頂けるだろうと思う。)そうして、彼は多くの人々の期待に応え、見事、最難関な神学校に2番という好成績で入学する。しかし、入学したはいいものの、少年ならではの思春期の波にもまれ、学業がはかどらず、ついには神学校を中退。それでも、彼は彼なりによくやった。勉強だけでない、友情や譲れないものも知った。
しかし、世間の目はそうは見ない。彼がどれだけ心を豊かにしようとも、彼は、神学校の学業から脱落したのだ。その結果、結局は、周囲が期待し、ハンスを散々持ち上げ、けれど、期待はずれでパ!っと手放すといった形に陥ってしまった。
けれど、たった一人だけ見いだされることによって、ひとたび育ってしまった、ハンスの巨大な自尊心は、急には縮まない。反面、非常にモロく傷つきやすい心を作ってしまった。
僕ハ「トクベツ」ナンダ。
「トクベツ」ナハズナノニ、誰モ僕をチヤホヤシテクレナイ。
相手ニシテクレナイ。ミンンナ僕ヲ素通リスル。
僕ハ「トクベツ」ナンダ。「トクベツ」ナノニ・・・・
直接小説に描かれていたわけではないが、そんな、ハンスの心の叫びがにじみ出ているようだ。彼の自尊心は、ただ、どこにでも居る少年と同じように扱われるだけで、ひどく傷ついてしまう。
しかし、よくよく冷静になって考えてみると、他の子供達は、はなから、大人たちに相手にされていない。見いだされることすらしていない。これも、ひどい話だ。けれど、ハンス以外の子供達は、それを当たり前のものとして受け止め、育ち、今や地に足をつけ働いていたりもする。
ハンスはこの挫折にひどく傷つき、自殺まで考えるが、実のところは、周りの大人たちが、単に”ハンスに期待しなくなっただけ”また”関心を持たなくなっただけ”である。神童がタダの人になったのだ。とは言うものの、ひとたび知った栄光の味はなかなか忘れられるものではない。
栄光と挫折を知ったものの生きる道は2つである。
1)己を知り。もう周囲は以前の様には自分をトクベツ扱いしてくれないのだと悟る。トクベツではない、等身大の自分を受け入れる。
2)別の分野の能力を開花するなどし、また別の方法でチヤホヤされることを目指す。
例えば2)を選択できたなら、自尊心をさほど損なわなくてすむ。けれど、ハンスの家は貧しかった。2)を選択し、例えば、別の進学校へと進み勉強を続けるという手段は取れなかった。(ここでは金持ちが行く学校のこと、日本で言うところの、東大はだめだったけど、私大の有名校ならという選択。)
過酷ではあるものの、結局ハンスは、1)の道を自ら選びとり、徐々に現実に折り合いをつけてゆこうとする。が、折り悪く、傷ついた自尊心に更に追い討ちをかけるかのごとく、手痛い失恋をしてしまう。
少年であれば、誰しもが経験するであろう、ありがちな体験である。しかし、自尊心が過剰に肥大化してしまった彼にとっては、自らを尊重するどころか、男娼婦のように、こともなげにモテ遊び、捨てるなどといった少女の仕打ちは、さぞや手痛い打撃だったろう・・・・・ここでもハンスの自尊心は見るも無残に踏みにじられてしまった。
<ハンスよ、お前はどこまで落ちぶれれば気が済むんだ?>
文中には無いものの、ハンスは自らにこう問いかけたかもしれない。けれど、そこには自尊心が肥大化してしまったがために、当人がそう受け止めてしまうだけという皮肉がある。いかんせん自意識が過剰なのである、過剰なボクに誰がした。
「神童も20過ぎれば唯の人」
いずれは唯の人となるならば、ハナから唯の童(わらし)で居たかった。〆!(ハンス代弁)
2005/01/20 by綾香