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〜第1章〜
(ショートショートストーリー 作:森 綾香)
男は実に有能だった。野心に燃え、日々バリバリと仕事をこなしていた。若くしての異例の出世といい、数ヶ国語を操る語学の堪能さといい、男の日々は輝いていた。
男には美しい妻がいた。家事のすべてをきっちりこなし。ホコリひとつない部屋、美味しい食事にセンス良く飾られたリビング。その妻の腹部はほのかなる丸みを帯びている。そう、3ヶ月後には、二人の間に初のベィビーが生まれる予定なのだ。
男には、数人の愛人がいた。申し分のない妻ではあるが、いかんせん男がモテるのだ。妻が居ると何度断っても、2号にでも3号にでもしてくれと、女たちが言ってきかない。
男は多趣味だった。スキーにスノボー、スキューバーダイビング。水上バイクにゴルフにテニス。何でもうまくこなした。
男は金を持っていた。カード入れはゴールドとシルバーのカードがあふれ、また、その財布は分厚い札束ではじけそうだった。家、車、洋服、欲しいものは何でも買えたし、別荘もいくつか持っていた。来年は船舶免許でも取って、いかしたクルーザーを購入するつもりである。
男はすべてに恵まれていた。男の横顔は自信に満ち溢れている。不敵な笑みを浮かべる男。
はるか遠くで目覚まし時計のベルが鳴った。男は目覚めた。そう!すべては男の見た夢だったのである。地位も名誉も、金も女も・・・そう何もかもが・・・。くだらない?そう言わずに、誰しもが夢見るロマンあふれる人生と呼んで欲しい。この男の見た夢も実にそんなロマンたっぷりの夢だったのである。
この平凡な男の名前は、篠山翔太。御年24歳のしがないコンビニアルバイターである。翔太はいつもの様にバイト先のコンビニに向かうと、到着早々、大目玉を食らった。しぶい顔をした店長が両腕を組み、仁王立ちに成って、翔太の前に立ちはだかっている。
「ったく、君はね、なんだって、いつも定時刻に来ないんだろうね?困るんだよねー!引継ぎってもんがあるでしょ?え?君が来ないことによってさ、僕が帰る時間が、いつも遅くなっちゃうわけだよ?」
ってな具合にこの後も延々、店長のボヤキが続くわけだが、ここをお読みのみなさんも、少々お聞き苦しいでしょうから、この店長の説教はこの辺までに。なにはともあれ、その店長、不満たっぷりにボヤきながら更衣室のほうへと消えてゆく。その背中に、思わずボソっとコボしてしまう、翔太。
(コンビニ店長だったら、24時間働いてみろってぇの!それがほんとのサービスマンだろーが!)
翔太の言葉に店長が目を吊り上げて振り返る。
「は?君、いま何か言った?なんか言っちゃあイケナイこと言ったよね?」
とんでもない地獄耳である。肩をイカらせ、物凄い形相でこちらへ向かってこようとする。やべ!焦って首をすくめる翔太。そんなところへちょうどいいタイミングで助け舟が。
「店長、早く帰らないと、飯の時間に間に合いませんよ。奥さんに叱られちゃうんじゃないですか?」
バイト仲間の山根である。
「あ!そうだった!ヤバイ、ヤバイ!」
再び我に返り、急いで更衣室で着替え終えた店長はとっとと深夜アルバイトに店をまかせて、コンビニを後にした。店長がすっかり居なくなったのを見計らうと、レジ裏に回り込み山根の肩をたたく翔太。
「サンキュー!山根くん。」
毎度のことで慣れた話なのか、さして悪びれる風でもない。
「ったく、ああいうことは、せめて店長がすっかり居なくなってから言わないと。」
苦笑いする山根。
「すまんすまん・・・それよりさ、俺さっき、すげぇ夢見ちゃった!」
突然話を切り出す翔太。
「さっき、ってさっきまで寝てたの?」
半ば呆れ顔の山根に、翔太はややバツが悪そうに笑う。
「うーん、まぁ、遅めの昼寝ってやつ?それでさぁ、その夢ってのがさぁ、すげぇのなんのって!」
しかし、翔太はあっという間に気を取り直し、先ほど見た夢のような夢の話しはじめた。話をしばし興味深げに聞き、思わず噴出す山根。
「そりゃあ、まぁ、ごたいそうな夢を見たよね?いや、ほんと、夢のような話だよ。コンビニのバイト代じゃあ、どんだけ頑張っても、クルーザーは買えない。」
「別荘もな!」
「最高じゃないの。愛人に囲まれてウハウハのハーレム生活!」
「夢の中の話だけどな」
山根の言葉にニカっと笑う翔太。しばし考え込み山根は言う。
「なぁ!そうした夢って、意識して見れるもんなの?」
「さぁ?」
「この不況時代、そうしたリッチな夢の実現は不可能だけど、夢を見るのはタダだからさ。毎晩そんな夢を見れたら楽しいよね?努力でなんとかなるなら、しめたもん。現実はそんな甘かないけど、夢の中ならってね!」
そういうと山根はイタズラっぽく笑った。中根もなかなかイカしたことを言う。
「お!それいいかも。俺、明日っから早速やってみるかな?」
とすっかり乗り気の翔太。すると、
「すみません、早くレジしてくれませんか?」
ふいに二人の会話に割り込んでくる一人の女性。どうやら、二人が夢の話で盛り上がっている間に、すっかりお客が集まってきてしまっていたようである。しばし待たされ、みんな不満げな顔をしている。
「やべ!」
「あ!はい、す、すみません。えーっと」
思わずあわてる翔太に、平然と仕事を始める山根。ピ!ピ!二人は手早くレジを起動させはじめた。レジから離れたところから、お客の声が聞こえる。
「ねぇねぇ!ちょっとー、コピーの使い方わからないんだけどさー!」
「あ、はーい、今いきまーす!」
コンビニの夜はこれからだ。
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