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まおとこ・たびおとこ 〜悦楽の果て〜 |
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(2003年9月24日掲載/作:森
綾香)
夫が出稼ぎにいっている間、女はたった一人で毎日を過ごし退屈で仕方がなかった。だから、例の一家が民宿の我が屋に訊ねて来たとき、それはそれは嬉しかったもんだ。
女は、夫に出稼ぎに行く前、いつもいわれて居た。「男一人の旅行客は決して泊めるなよ」。妻の不貞を心配しての事だった。
だが、女は暇を持て余して居たという事もあり。また、訊ねてきた男が男一人でなく、男とその息子達が3人いた事より、ちょっと旦那への良心がとがめつつも、泊めてしまった。
女は自分にこう言い聞かせた、だって仕方ないじゃない。この苦しいご時世に、お客を選んでなんてられないわ。
お客様が来るだけでありがたいじゃない。それを追い返すなんて・・・女の言い分は正しかった。けれど、それには、半分嘘が含まれていた。女は男の精悍な横顔にほのかな期待を抱いたのだ。
こころ、こころの中だけで男との愛恋を期待するだけなら、構わぬだろう。夫に不貞を働く内には入るまい。女は毎夜床について、男を想った。男の顔、腕と腰、体の輪郭を思い出し、手と指先を想った。毎夜毎夜。
しかし、ある夜、女の熱い視線が届いたのか、子供の寝静まった真夜中の時、その男が、突如女へにじり寄ってきた。女はやや抵抗するそぶりを見せつつも、完全に拒絶することもなしに、なし崩しで布団の上に押し倒されていった。
男の愛撫は絶妙だった。それはもう、触れるか触れないかという絶妙な指の動きで、女を深い悦楽のたかるみへと、何度も何度も押し上げてくれるのだ。
そしてまた、男は執拗だった、その夢のようなまぐわいを経て以来、男は何度も何度も女を求め、子供達が見ている前でも平気で手をのばしてくるのだ。
女は人並みに常識をそなえていたので、男のちょっかいに抵抗しつつも、けれど、あらがえず、男とのまぐわいにほのかな期待を抱きつつ、結局は布団の上に崩されて行くのだった。その間、子供達はといえば、女の心配を余所に、それを得に気にするでもなく、思い思いにそれぞれ遊んでいる。
こんな日々が毎日続いていた。女は出稼ぎに行っている夫のことなど、カケラも思い出すこともなく、日々はすぎていった。何度も何度もまじわう中で、女はいつしか男を愛していた。そうして、その一方の腹黒い心の奥底で、もっとどん欲に深い快楽むさぼりたいと願い始めていた。女は思った。
夫の様にクチビルでもっと私を深く愛してくれたなら。そうだ、この男との夢のようなまぐわいで、たった一つだけ、何かが物足りないと感じていたのは、この男がそのクチビルと舌で私を愛してくれないからだ・・・と。この男が、私をその舌と唇で愛してくれたなら、どんなにか素晴らしいだろう。今おも遙かにしのぐ悦楽の世界がきっと待っているに違いない。
女は期待に打ち震え、男に口づけをねだった。ねっとりと甘えるような声で。しかし、男は初めて躊躇いを見せた。そして困った様な顔でこう答えた。
「私は10寸以上異性と顔を近づけるなと、かかりつけの医師に申しつけられているのです。」
女は思った。
ははぁ、この男。口臭を気にしてるな。歯周病かなんぞで、きっと、口が酷く臭うのだろう。それを躊躇って、今の今まで私に接吻をして来なかったのか。
いやよいやよも好きの内。くさいくさいも、また芳香。臭い汚いに驚いてるくらいじゃあ、まぐわいは行えない。生娘じゃあるまいし、今更そんな事には驚かないわ。この男、ただ無作為に強引なだけかと思っていたけれど、案外可愛い所があるもんね。などと女は一瞬の内にして考えた。
そうして、男を見返し、こう言った。
「いいのよ、あなたを愛しているわ。だから、私はあなたがどんなでも決して驚かないから。あなたを嫌いになんてならないわ。」
「本当に?」
「ええ、本当に・・・」
念を押す男の瞳をしっかりと見つめ返しうなずく女。それじゃあ、という事で、男は女に深い深い接吻を行うべく徐々に顔を寄せてきた。
さあいざ、口づけしてみると、男の口は臭くもなんとも無かった。むしろ無味無臭で生暖かった。そうして、男の接吻は、まぐわいと同様、深くそして執拗に、舌までからめる絶妙な代物だった。
ああ、そうだ、これだ、これ。この快感が欲しかったのだ。女は心の内で叫んだ。これで、男とのまぐわいに何一つ思い残すことはない。何一つ不平も不満もない。この男はまっこと素晴らしい。女の体は歓喜に打ち震えた、そうして、さらなる深い快楽をほっせんと、自らも迎えいるように男の舌に自らの舌を絡めた。
すると、である。
女は男の舌にフイに違和感を覚えた。なんと、女の口の中で男の舌が突如するするとほどけていくではないか。これまで短く畳み込まれていた男の舌は今やビロビロに長かった。
女がおそるおそる男から顔を離してゆくと、男の舌は女の口から抜けることなくずるずると伸びて行く。これはみるからに不自然で、どうあっても異様な光景だった。女は身の毛のよだつ思いだった、百年の恋も、数時(すうとき)の体の火照りも一瞬にして冷や水を浴びたかのごとく冷めてしまったのである。
「きゃあぁぁぁ!化け物!!!!」
女が恐怖におののき、絹を引き裂く悲鳴をあげ、男の体を思いっきりその腕で引き離したその途端である。男は突如大きな大蛇へと化け、男のもとより必死で逃れんとする女を、寸でで逃がさぬかのごとくきつく抱きくるみ。そして大蛇の太い丸太の様な体が、きつくきつくぎゅうぎゅうに女を締めあげ、「ぎゃ!」という悲鳴と共に、ついには女を絞め殺してしまったのである。
その後、大蛇は絞め殺した女の体からゆっくりと太く丸い自らの胴体を外すと、赤く長い舌をちらつかせ、しゅるしゅると宿の外へと出ていった。その後を追うように3匹の子ヘビが山の中へ帰っていったとさ。
お・し・まい!
あとがき 道に反して悦楽の世界に浸るとろくな事がないという事と、当時、ヘビ年にちなんで、こんな逸話を書いてみました。今回こだわったのは、むか〜しむかし・・の昔話調の文調にそって、どう物語を展開させるかでした。
古くささを出すため、日頃使い慣れた、横文字(和製英語)や効果音を一切使えないのが、ちょっと苦しかったですが、今回の「間男・旅男」昔話調に見えましたでしょうか?